鍼灸の効果を科学的に紐解く――ゲートコントロール説を中心に
- 瑠璃鍼灸院

- 1月27日
- 読了時間: 4分

「鍼灸って本当に効くの?」「ただの気のせいじゃないの?」
そんな疑問を一度は抱いたことがあるのではないでしょうか。
現代医学の視点から見ると、鍼灸の効果は「完全に解明された」とは言えませんが、特に痛み(疼痛)に対する即効性については、1965年に提唱された「ゲートコントロール説」が今でも最も有力な説明の一つとして残っています。この理論を軸に、鍼灸が「なぜ効くのか」を掘り下げてみましょう。
痛みは「単なる信号」ではない――ゲートコントロール説の誕生
1965年、カナダの心理学者ロナルド・メルザックと生理学者パトリック・ウォールは、Science誌に一つの画期的な論文を発表しました。それがゲートコントロール説です。
従来の痛みの考え方はシンプルでした。
「末梢で傷ついた→細い神経(C線維やAδ線維)が興奮→脊髄を通って脳へ→痛い!」
これだけ。
ところが現実の痛みはもっと複雑です。
- 打撲したところ
をすぐにさすると痛みが和らぐ
- 子どもが転んで泣いているときに、お母さんが「痛いの痛いの飛んでけ〜」と触ると泣き止む
- マッサージや温めでコリが楽になる
こうした日常現象を説明するために、彼らは「脊髄に痛みの門(ゲート)がある」というアイデアを提案したのです。
ゲートの開閉を決めるのは「神経の太さ」と「入力の種類」
脊髄の後角(特に第II層:膠様質)には、ゲート役の介在ニューロンが存在します。ここで痛み信号が脳に上がるかどうかが決まる。
主なプレーヤーは3種類の神経線維です。
- Aβ線維(太くて速い:触覚・圧覚・振動覚)
→ ゲートを「閉じる」方向に強く働く
- Aδ線維(中くらい:鋭いピリッとした初期痛)
→ ゲートを「開く」
- C線維(細くて遅い:ジワジワ・焼けるような持続痛)
→ ゲートを「強く開く」(慢性痛の主役)
つまり、太いAβ線維が活発になると、細い痛み線維(Aδ・C)の信号がブロックされる。
これが「さすると痛みが和らぐ」現象の正体です。
鍼灸はまさに「人工的なゲート閉鎖装置」
鍼を刺す・回す・軽く動かすという行為は、実は強力なAβ線維刺激になります。
- 鍼の機械的刺激(刺入・捻転・抜き差し) → 皮膚・筋膜・筋の深部機械受容器が興奮 → Aβ線維が猛烈に反応
- 結果 → 脊髄レベルでゲートが閉じ、痛み信号が脳に届きにくくなる
→ 刺した直後〜数分〜十数分で「痛みがスッと引く」という即効性が説明できる
さらに実践的なバリエーションも豊富です。
- 浅い刺し方・置き鍼・てい鍼→ ほとんど痛みを与えずにAβを優しく刺激 → 敏感な人や美容鍼に最適
- 高周波電気鍼(50〜100Hz)→ TENS(経皮的電気神経刺激)とほぼ同じ原理でAβを優先的に興奮 → ゲート閉鎖効果が非常に再現性が高い
- 低周波電気鍼(2〜10Hz) → Aβに加えてAδ・Cも刺激 → ゲート閉鎖+内因性オピオイド(エンドルフィンなど)放出のダブル効果
ゲートは脊髄だけじゃない――脳からの「トップダウン」制御も
現代のアップデート版ゲートコントロール説では、ゲートは脊髄だけではなく、脳幹や大脳からの下降性抑制経路も大きく関与するとされています。
- リラックスしている、信頼できる施術者、期待感がある → セロトニン・ノルアドレナリン系が活性化 → ゲートが閉じやすくなる
- 不安・ストレス・怒り・過去のトラウマ → ゲートが開きやすくなり、痛みが強く感じられる
だから「同じツボに同じように刺しても、人によって効き方が全然違う」のは当然なのです。
痛みは「身体の信号」だけでなく、「心の文脈」も同時に処理されている証拠です。
ゲートコントロールだけでは説明できない部分もある
もちろん、鍼灸の効果はゲートコントロールだけで全て説明できるわけではありません。
- 数時間〜数日続く持続的な鎮痛 → 内因性オピオイド系・抗炎症作用(サイトカイン調整)
- 血流改善・筋膜リリース → 軸索反射・局所フレア反応
- 自律神経調整・ストレス軽減 → 迷走神経刺激や脳のデフォルトモードネットワーク変化
それでも「刺した瞬間の劇的な変化」を最もシンプルかつ科学的に説明できるのが、このゲートコントロール説なのです。
最後に――「効く」理由は「身体が持っているシステム」を呼び起こすこと
鍼灸は魔法でも気功でもありません。
身体が本来持っている「痛みを抑える仕組み」「炎症を鎮める仕組み」「リラックスする仕組み」を、適切な刺激で一時的に強く引き出しているだけです。
ゲートコントロール説は、その「引き出す」メカニズムの最も有名な一部を教えてくれます。
だからこそ、鍼灸は「効く人には本当に効く」し、「効き方に個人差が大きい」のです。
もし今、あなたが慢性的な痛みやコリに悩んでいるなら――
「ちょっと試してみようかな」と思ったその気持ち自体が、すでにゲートを少し閉じる方向に働いているかもしれませんよ。



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